身の丈にあった得意なスタイルで使命を果たす“サービスの理解者”

Sun-Fix 営業代行支援 永井尚志さんのST0RY

一流ホテルのベルマンを皮切りに多様な職務経験を積み重ね、現在はプロのセールスとして青果卸やレストラン開拓の営業代行に従事するSun-Fixの永井尚志さん。体型も含めて日本の規格外と自認する永井さんが、生まれ育った“土”にどのような“種”を見つけ、いかにして“芽”を開いたのか。若かりしころにベストと信じた選択がいまのあり方にも通じる一筋のST0RYをお話しいただきました。
インタビュー・文=神 誠(ST0RY編集部)

帝国ホテルで人生の土台を築く


――小さいころに好きだったこと(もしくは嫌いだったこと)は何ですか?


学習塾に通うこと…これがものすごくイヤでしたね。生まれは板橋でしたが、父の転勤で神戸に引っ越すことになり、たまたま縁あって神戸大学附属明石小学校という国立の小学校に通うことになりました。自由奔放に好きなことをやらせてくれる学校で、1年生から3年生になるまで過ごしましたが、父の転勤でまた東京に戻ってくることになり、今度は公立の小学校に転入することになったんです。

商店街の子どもが多く“裸足に靴”が普通の中に、神戸では制服が当たり前の僕がやってきた。ものすごいギャップで学校の先生もどう接したらいいか困っていたようです。やれ学級委員にしたり学芸会の主役にしたりといろいろありましたので、もといた子どもたちはつまらないですよね。そのうえ学校中で塾に通っているのが僕だけだったと…。そんなわけでいつも仲間はずれで、輪に入りたいのに入れないという境遇が辛かったですね。

――小さいころに影響を受けた人は誰ですか?


何人かいますが、一人挙げるなら変わり者の従兄弟です。学生時代に転校を繰り返し、慶應から大手の商社に入社したのですが、ずた袋を背負って赤坂のオフィスに出勤したり、勤務しながら極真空手を始めたり、社会人になって大型免許を取りに行ったり…。会社が不況で傾いたときには「弁護士になる」と言って飛び出し、3年間思い切り勉強したもののダメだったり(笑)。アウトローと言うと大げさですが、僕が困ったときに一般常識とは違うモノサシで相談に乗ってくれた人ですね。

――小さいころの一番の成功体験を教えて下さい。


これは成功というかまぐれだったのでしょうが、イヤで仕方なかった塾に通う中で、日大の付属高校に首席で入ってしまったことですね。親としては立教のようなお坊ちゃま系の学校に入れさせたかったようですが、当時からフェニックス(日大アメリカンフットボール部の愛称)のようなブランドもありましたし、受かったからそこに決めようと(笑)。

ただ首席で入ってしまったがゆえに、またしても周りの友だちと距離感が生まれ、“そういう目”で見られるところからのスタートでした。注目されてすぐに名前を覚えてもらえるという意味ではプラスだったかもしれませんが、普通の仲間として受け入れてもらうにはデメリットも大きかったですね。

――いまのお仕事を始めようと思ったきっかけはどんなことですか?


実は大学受験で思うような結果が出ず、「これだけ投資してやったのに何なんだ…」という空気の中で、親を見返したくて入社したのが帝国ホテルでした。ベルマンとしてやりがいを感じながら、最後は上司とのサービス観の違いで退職しましたが、思い返すとここでの経験が人生の土台になっているし、ここでの出会いがあったからこそいまのポジションにたどり着けたのだと実感しています。

というのも、その後ご縁があってさまざまな職業を経験しましたが、あるとき自分の経歴を振り返ってみて「風体はちゃんとしている」「人と対話もできる」「礼儀作法も身につけてきた」「営業もやれそうな手応えがある」と自信を持ち、青果卸やレストラン開拓の営業代行を始めようと思えたのは、すべて帝国ホテルで得た経験の賜物だからです。

帝国ホテルのサービスにふれてぜひ入社したいと思い、そこから逆算して選んだホテル専門学校での2年間を含め、自分がベストと思って決めた選択肢はあとから振り返ってもやはりベストだったということをいまにして思います。

本を読んでも人の気持ちはわからない


――いまのお仕事を通じてどんな使命を果たしたいと思っていますか?


僕の親はサラリーマンだったので、背広を着ていなければ仕事じゃないという価値観の下で育てられました。でもこれからの時代は違いますよね。自分が世の中に対して何ができて、そこからどれだけの対価を得られるか。それがすべてです。その意味で、僕はいま与えていただいている自分の役割を果たして信頼を勝ち得ること、その積み重ねによって関わる人に喜びを与えることがミッションであり、社会貢献のかたちであると考えています。

――いまのお仕事で最初に手ごたえを感じたのはどんなときですか?


青果卸や予約代行の仕事を始める前に、並行輸入卸の会社で韓流グッズを売った経験ですね。すでにブームは終わっていて、倉庫には売れ残った在庫が山のように積んである。僕はそれをバカスカと売ってしまったんです。

要するに「選択と集中」の話で、いまでも韓流グッズに喜ぶのはどんな人で、どこにいるのかーーその人たちはどこで、どうやってグッズを買うのか――。調べたみたら、新大久保あたりで時間とお金をもて余している年配女性の姿が浮かび上がってきました。

そこで、彼女たちが読みそうな雑誌に載っている通販会社に絞ってアプローチしたところ、びっくりするぐらい売れてしまったというわけです。会社の社長からも「どうやって売ったの?!」と驚かれましたが、「相手が望む場所に適切な打ち手を投げただけです」と(笑)。営業の本質にふれる手応えを感じたエピソードですね。

――いまのお仕事を成功に導いた要因はなんだと思いますか?


いっとき体調を崩し、30代後半で復帰するときに始めたサンシャインプリンスホテルでの皿洗いと、同じ時期に掛け持ちした郵便局での荷物の仕分けに尽きます。ビュッフェレストランでひたすら皿を洗うことで、体型がスリムになって頭の中もクリアになりました。また、郵便局の作業は想定外に重労働で休みもランダムでしたが、みなが喜びとプライドをもって働く姿に感銘を受けました。

この経験を通じて僕は、くだらないしがらみや格好つけようとする気持ちがなくなったのです。30代としては難しい選択でしたが、自分が何かを成し遂げたいと思うのであればこういう人の気持ちがわからないとダメですね。人の気持ちは本を読んでもわかりませんから、少しでいいのでみんながイヤがるような仕事をやってみる。いつか起業しようと思うなら、こうやって世の中が回っているんだと感じられる経験をしておくことをおすすめしますね。

――いまのお仕事をこれからどのように発展させたいですか?


世の中にはたくさんお金を儲けることが成功だと考える人が少なくないと思います。でも僕はあるとき、自分が満足する金額を下げれば下げるほど、モノへの固執がなくなっていくことに気づきました。そうするとほんのお札一枚、1万円の価値が心底わかるんですよ。1万円の真価を知れば、ウン千万ウン億円なんて必要ないんじゃないかと思えるようになる。

もちろん大成功したい人もいるでしょうから一概には言えませんが、僕の場合は「不得意なことに時間を投資するよりも得意なことに時間を投資した方がリターンが大きい」というドラッカー氏の言葉にも学びつつ、自分の長所を活かした身の丈にあったスタイルで、いまの仕事を一日でも長く続けていくことが自分なりの社会貢献になると思っています。

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