会社員時代に培った“社会性”を強みに 独自の道を拓くカウンセラー

株式会社メンタル・リンク シニア産業カウンセラー 宮本剛志さんのST0RY

会社員として長らくマネジメントに携わった経験を活かし、現在は産業カウンセラーとして組織の人間関係や心の問題解決に従事するメンタル・リンクの宮本剛志さん。2019年2月には『こんなの理不尽!怒る上司のトリセツ』で著者としてもデビューされた宮本さんが、生まれ育った“土”にどのような“種”を見つけ、いかにして“芽”を開いたのか。市場の評価を通じて自身の優位性が明らかになっていく気づきのST0RYをお話しいただきました。
インタビュー・文=神 誠(ST0RY編集部)

ダメ元で相談した兼業からのスタート


――小さいころに好きだったこと(もしくは嫌いだったこと)は何ですか?


一番好きだったのは「歴史」ですね。NHKの大河ドラマをよく見ていて、例えば『武田信玄』をやっているときには親に頼んで信州へ旅行に行き、ご当地の城めぐりなどをするのが楽しかったです。そういうことには協力的な両親でした。

あとは、小学校で「歴史新聞」を一生懸命つくったのを覚えています。新聞大の紙に自分で文や絵を書くのですが、たしか大坂夏の陣をモチーフに「大砲を撃たれてひどい目に遭った」と、敗れた豊臣側から見た出来事を記事にしたりしました(笑)。とにかく歴史にはのめり込みましたが、それ以外のことはからっきしでしたね。

――小さいころに影響を受けた人は誰ですか?


小学校のときの担任の先生ですね。鈴木先生という男の先生で、クラスの自由時間によく落語をやってくれたんですよ。とにかく面白いしフレンドリーに接してくれるのが好印象で、きっちり叱るところは叱るというメリハリもあってすごく好きでした。その影響で小学生のときはずっと先生になりたいと思ってましたね。

いま思うと、人に何かを教えたり伝えたりするのはコミュニケーションを専門とする現在の仕事にもつながっていますし、フリーランスで子どもたちを対象とするスクールカウンセラーもやっていましたので、鈴木先生の影響は大きかったと感じます。

――小さいころの一番の成功体験を教えて下さい。


ふたつあって、ひとつは先ほどの「歴史新聞」が学校で表彰されたことです。金賞だか銀賞だかに選ばれて、全校で3人貼り出されたうちの1枚になりました。いろいろな人に写真を撮ってもらったり、両親が見に来て褒めてくれたのが嬉しかったですね。

もうひとつは成功体験と言うのかわかりませんが、“親友”と思える友だちに出会えたことです。4年生のときにお父さんの転勤で引っ越してきて、1年ぐらいでまた転校してしまった子なんですが、きっかけを覚えてないくらい自然にお互いの家を行き交うようになり、いつの間にか家族ぐるみの付き合いになりました。不思議と言えば不思議。無理して付き合った感じもなく、すごく自然な関係でしたね。

――いまのお仕事を始めようと思ったきっかけはどんなことですか?


実は、会社員として仕事をしているときから兼業をしていました。日本産業カウンセラー協会という団体があって、カウンセラーになりたい人の実技指導者として1年に1クラスほど受け持つようになったのが始まりです。もう10年ぐらい前ですから、当時としては珍しかったと思います。社長直轄の部署で初めて部長に任用された時期で、ダメならボランティアでもいいやという気持ちで相談したら「いいよ」と快諾していただきました。そのときの社長にはいまでも感謝していますね。

そうやって何年かやっているうちに、「次はこんな仕事してみませんか?」という引き合いをいただく機会が増えてきて、本格的にやってみたいという気持ちが強くなりました。とはいえやりたいだけでは上手いくいく保証もないし、二度目の部長職にいて忙しい時期でもありましたので悩みましたね。

そもそも給料や仕事内容に不満があったわけではありませんし、人間関係にも問題がないところで、あえて新しい道を選ぶというのが難しかったかもしれません。ですが悩んだ末に「辞めると辞めないで後悔するのはどっちだろう?」と考え、「まあ一回辞めてみよう」と(笑)。ずいぶん長いこと引き留めもしてもらったのですが、その気持ちが有難かったからこそ、それ以上は申し訳ないと思って「辞めよう」と決めました。

プロフィールを活かして狭く深く


――いまのお仕事を通じてどんな使命を果たしたいと思っていますか?


いつかは自分の会社でチームをつくって、職場の人間関係や心の問題を組織的にサポートしたいと思っていますが、カウンセリングの業界は実績がすべてという側面があるので、まずは収益よりひとつでも多くの現場を経験したいという思いでスタートしました。

あらためて振り返ると、私は組織人としてカウンセリングの世界に入ったので、大学から大学院を経てカウンセラーになった学術系の同業と比べて「社会性」に強みがあると感じます。組織内の人間関係やコミュニケーションの問題に対して、当事者として対処したりアドバイスしてきたことが当たり前ではなく人の役に立つということを、より自覚的に活かしていきたいと思っています。

――いまのお仕事で最初に手ごたえを感じたのはどんなときですか?


カウンセリングの世界は男女比で言うとほとんどが女性で、男性も定年退職した後のシニア世代か、学生からずっとそれだけという極端なキャリアが多いです。そんな中、私がカウンセリングの仕事で独立したのは39歳、ほぼ40歳のときで、男性というだけで珍しがられる上に40代ということでさらに希少性が高かった。しかも会社組織で部長職の経験があるという人はほとんどいませんでしたから、それだけで重宝されて仕事をいただくこともありました。男性×40代×管理職経験というプロフィールに価値を感じていただけることには、少なからず手応えを感じましたね。

――いまのお仕事を成功に導いた要因はなんだと思いますか?


ひとつは誠実にやるということですね。私は前職の学習塾で集客をする際に、新しい生徒さんを集めるよりもいまいる生徒さんに辞めないでもらう、一度お客さまになっていただいた方とより長くお付き合いする方が得意でした。そのときの学びを活かして、できるだけ丁寧にお付き合いするということがひとつ。

もうひとつは、カウンセリングとか研修の業界ではいろいろな資格で手広くやろうとする人が多い中、私は「シニア産業カウンセラー」と「アンガーマネジメントトレーニングプロフェショナル」という、この分野で取得できる最上位の資格2つだけでやっていることです。カウンセラーや研修講師という職業は、メニューがないと飽きられるという先入観があって、ついつい広く浅くを選びがちなんですね。でも私の考えは違っていて、むしろ狭く深く、絞って深めることが仕事を増やす要因になっていると感じています。

――いまのお仕事をこれからどのように発展させたいですか?


いまは保有する2つの資格団体からご紹介いただくお仕事が中心ですが、今後は自分で直接やり取りできる企業の数を増やしていきたいと思っています。そうすることで、提供できる支援の質や時間の量をコントロールできますからね。

その次のステップとしては、これまで目をつむってきた収益を少しずつ高め、信頼できるパートナーに仕事を任せたり、苦手分野を専門家に頼ったりしながら、組織に対する価値提供の面積をもっと大きくしたい。いまのやり方では仕事の質も量も限界が見えているので、ステージを上げるためには自分のスタイルを変えないとダメだなと思っています。

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