大工の地位向上を目指して 大胆かつ細心に歩を進める“異端”の匠

工匠常陸 代表 中島雅生さんのST0RY

憧れの職業だった大工の自信と尊敬を取り戻すべく地元・土浦で起業して工務店を興し、自ら現場に立って名門出の若手を率いる株式会社工匠常陸の中島雅生さん。「モノづくりは腕の良し悪し以上に心が大事」と語る言葉にとりわけ熱がこもる中島さんが、生まれ育った“土”にどのような“種”を見つけ、いかにして“芽”を開いたのか。豊かな土はなくとも芽生えを見逃さず地道に伸ばしてきた質実のST0RYをお話しいただきました。
インタビュー・文=神 誠(ST0RY編集部)

ノミを研いだ瞬間にはまった大工の道


――小さいころに好きだったこと(もしくは嫌いだったこと)は何ですか?


これはあくまで私の場合ですが、ちっちゃいころにすごく好きなことがあったとか、いま思えばあそこが原点で、そこからいまの自分につながっているだろうとか、あるようでないんですよ。本当にすごい人らにはあるのかもしれないけど、その手の話を聞くと後付けした話じゃないの?って思っちゃいますね(笑)。

プロサッカー選手が小さいころからサッカーやってましたっていう単純な話なら信じますが、このようなケースはごく一部の方たちにしか当てはまらない気がします。私も好きなことを常に探してたけど、結局なんにもなかったですよ。じゃあちっちゃいころにそういうものがない人間の可能性が低いのかって言ったら、私はそうじゃないと思ってます。

――小さいころに影響を受けた人は誰ですか?


それもないんですよ(笑)。私はそういう「バックボーンがあったからいまの自分があるんだろう」みたいなことを考えたりしませんね。そもそも何も出てきませんし。だから他人のバックボーンにも興味ないです。

というのも、仕事って地道に確実に本物を積み重ね続けることができるかどうかが大事で、地味な奴が強い。社会に出ると学生のころ全然目立たなかった地味な奴が、しっかり考えを持って立派に事業をやっていて驚くことがある。彼らを見ていると、芽生えたきっかけとかストーリーよりも地道にいま何を積み重ねているのかに興味がわきますね。

――小さいころの一番の成功体験を教えて下さい。


ちっちゃいころのサクセスもなんもないですね(笑)。ひとつ言えば、大学のときに作った籐丸椅子。知ってます? 剣持勇さんっていう凄く有名なデザイナーの作品で、日本の椅子で唯一ニューヨーク近代美術館の永久コレクションに入ったっていう椅子。これを山梨で作っている家具職人というのが新聞に載ったんですよ。

私はそのとき静岡の大学に通っていて、就職活動に途中で飽きてしまって暇だったものだから、試しにその職人さんに電話してみたんです。そういうところは臆病じゃなかったですね。で、電話したら「来ていいよ」と言われて、行ったら「やってみる?」って言うから「やってみます」と(笑)。

所詮シロートで途中何度も手直ししてもらいながらだったけど、2週間くらい通ってなんとかひとつ作り切りました。最後は「完成させてから帰りな」って言われて、何日か泊まり込みで仕上げたのかな。終わってから「あんた変わってるなぁ」って言われたのを覚えてますね(笑)。その方とはいまでも付き合いが続いてるんですよ。

――いまのお仕事を始めようと思ったきっかけはどんなことですか?


就職先を決めずに大学を卒業して実家に帰ったときに、近所の工務店にアルバイトで雇ってもらったのが最初です。でもバイトだしつなぎのつもりだから、大工をやるっていう決断もしてない。実際、バイトだからいらない私服で仕事してたわけですよ。

ところがあるとき、服が破けたんで仕方なく作業着を買って現場に行ったら、親方が「おぉ、おめぇやっとやる気になったかぁ」と。で、職人を集めて「今日からこいつ正式に弟子入りすっから」って勝手に決めたの(笑)。「えー?そんなわけねえよ!」って思ったけど、こっちも「まあいっかこの際」って感じで。そんなんで始まってるから、ほんとにそのときは志もなんもなんいんですよ(笑)。

ただ、弟子入りしたら親方がノミを何本か買ってくれて。それをキレイに研ぐのって実はすごく大変で、入りたてでやってると寝ちゃう子もいるぐらい退屈な作業なんだけど、私は最初から3、4時間ぶっ続けで研げた。ノミを買ってもらって、研いだ瞬間にはまったんですよ。子どもの遊びと一緒(笑)。でも、はまったときに臆せず、そのまま深く突き進むことが大事だと思います。自分に向いているのかとか、将来的な年収だとかリスクだとか、つまらないことを考えてはダメですね。

――いまのお仕事を通じてどんな世界を実現したいと思っていますか?


志はなんもなかったけど、そこはしっかりありますね(笑)。まず問題だと思ってるのは、職人の扱いがひどいこと。家を建てるってことで言えば、お施主さんに褒められるのは工務店の社長とか設計士だけど、実際に作ってるのは大工なんですよ。我々だって感謝されたくてこの仕事やってるのに、感謝の言葉を直接言われることってほとんどない。

モノづくりの基本っていうのは、もちろん腕の良し悪しもあるけど最後に完成度を左右するのは心なんですよ。当たり前じゃないですか。心を込めて作ったかどうかは、上手い下手以前の問題。だから職人が一生懸命に心を込めて作れる環境っていうのを用意しなくちゃいけない。それが工務店の社長の責任だと思ってます。

知ってます? 多いときに64万人もいた大工が、ここ20年ぐらいで1/3に減ってしまったと言われてる。これからは絶対数が少なくなるから、大工の換えが利かなくなるんですよ。職人を安く叩いて使い捨てにする時代はもう終わり。自分らのところで心も技術も成長させて、誠実に心を込めて仕事できる職人を育てられない会社も終わります。私らはそこをしっかりやって、大工の地位向上を目指したいですね。

起業の3年前から手紙で営業開始!?


――いまのお仕事で最初に手ごたえを感じたのはどんなときですか?


手応えはない。全然ないです。建築っていう業界が「年取ってる方が腕がいい」みたいな思い込みがある中で、私みたいに若い大工に果たしてどれぐらい需要があるのかって、正直不安でしかなかった。でも最近ひとつ分かったことは、世の中には意外とすんなり認めてくれる人がいるってことです。

もちろんあの手この手をやってますよ。自分を気に入ってくれそうな設計士さんを調べ上げて、全員に「会ってください」って手紙を書いて送るとかね。で、相手が読み終わったころに一人ひとり電話していくと、10人中5人ぐらいは会ってくださる。「いいね、面白いね。あんたみたいな大工と組まないと設計してても夢ないからさ」ってね。そうやって認めてくれる気持ちのいい人に、まずは貢献したいっていう気持ちでやってます。

――いまのお仕事を成功に導いた要因はなんだと思いますか?


起業したてのこの状態は成功とは到底言えませんが、起業することにはなんとか成功しました。でも、大工の実力なんてみんなだいたい同じなんですよ実は。私が他の職人と一番差があったのは、たぶん仕事度胸ですかね。

たとえば私が3つめに勤めた「中村外二工務店」という京都の名門で、入社して3ヶ月くらい経ったころの話。中村外二さんが生前に買って寝かせてあった超高級材が売れて、「誰か鉋で削って仕上げてくれ」という話になった。でもそのとき、私と同年代の職人は誰一人として「やらせてください」って言わなかったんですよ。なんでかって、責任重いし、怖いし、見る目も厳しいから。「なんやおまえ、やらせてくれ言ってそれか?」ってなるわけです。

でもね、そういうところで私は常に「やらせてください」って言うんですよ。そのときも現場の世話役から私に声が掛かったので「じゃあやります」って引き受けたら、さすがにみんなドン引きだったけどね(笑)。なんで入ったばかりのよそ物がやんだよって。それでいて、後から2つ3つ歳上の先輩が来て、「中島くんがやるんだったら俺やったのに」って言ってきたりする。その差なんですよ。

もうひとつ矛盾するようだけど、ある意味で臆病者なのがいいように働いてると思います。起業も相当臆病な仕方ですよ。だって、起業してすぐつぶれるのが怖くて、独立する前から社寺の仕事をひとつ用意していたわけですから。それだけじゃない。起業する2年ぐらい前からやっぱり手紙を書きまくって、「3年後に起業するからそのときに仕事ください」ってほうぼうにお願いするんですよ。そんな馬鹿なって思う(笑)。

あとは京都の名門を渡り歩いてきたとか、一級建築士の資格を持っているとか、自分が必要だと思った最低限のカードはすべて用意しましたね。宅地建物取引士と2級ファイナンシャルプランナーも持ってますし。そういうカードはいちいち説明しなくても、持ってないといけない。ほんとはめちゃめちゃ臆病なんですよ。それなのにあっさり大胆にやりやがったって、そんでもって運のいいやつだと思われている。私がどんだけ石橋を叩いて歩いているか、みんな知らないんです(笑)。時間も相当かけてますしね。

――いまのお仕事をこれからどのように発展させたいですか?


まずは、若い子を取ってうちの職人の数を増やしたいですね。できればよその工務店が何をやってるか知りたいから、興味がある工務店の職人を引っこ抜きたい(笑)。あんまりやると嫌われますけどね。工務店の共存も大事ですから。ただ私は4つの工務店を回ってきて、その重要性を身に染みて理解しています。私は一番長く在籍していた中村外二工務店のノウハウがもとになってるけれども、その後に移った北村誠工務店を経験しないで独立していたら危なかったと思ってます。知れば知っただけ目から鱗なわけで、自分でもほんとはあと2つぐらい回りたかったぐらいです。

そういう意味では、腕に自信があってまじめに勉強してきた職人をいっぱい受け入れて、いろんな名門のノウハウを持ち寄った工務店にしていきたいっていうのがこれからの展望です。それでもやっぱり上には上がいるわけで、もっとすごい人らは何やってんの?ってずっと気になってると思います。“井の中の蛙”だけは絶対にゴメンなんで(笑)。

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